秋に日本に帰ったとき、本屋さんでたまたま見つけた新川和江さんの『わたしを束ねないで』という詩。
新川和江さんという方も、この詩もその日まで知りませんでした。
その日、本屋さんで初めて読んだとき目頭がぐっと熱くなったこと、今も鮮明に覚えています。
戦前の1929年に生まれたひとりの女性の心の叫びは、戦後に生きてる私の心の叫びとピッタリと寄り添い重なりました。
科学技術は進化し、経済は発展し、いろんなものが戦前とは変わってきてると思いますが、それでも、ひとりの女性の心の叫びは、今も色褪せることなく、この時代に響いています。
ううん、今もこの心の叫びが叫ばれていると思います。
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『わたしを束ねないで』
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色(こんじき)の稲穂
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃(はばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮(うしお) ふちのない水
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
座りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
わたしを区切らないで
,(コンマ)や .(ピリオド) いくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
新川和江
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